ムラサキノヤカタ

徹頭徹尾ひとりごと

STAY AWAY

学部在学中最後の期末試験も残り一教科となった。既に卒業単位分の試験は受け終えたため別にばっくれてしまっても構わないのだが、とある縁から知り合った先輩から受講を勧められた民事訴訟法の試験であるから、最後くらい格好のつく成績で大学生活を終えるのもいいなという気分になり、こうして遅くまで熱心に試験勉強をしているのである。とまあ聞こえのいい言葉をつらつらと並べているが、本当は昨日までの試験で卒業単位を揃えられたという確信がなく、ひやひやしながら保険をかけておこうと一夜漬けをしているに過ぎない。単に留年に怯えた小心者である。

 

先日、幸運にも懐かしい顔と再会した。

彼女は高校時代の僕の戦友と言って差し支えないかもしれない。

高校に進学した際、僕は何を思ったのか吹奏楽部に入った。僕は2年目から、パートの人数の都合によりバリトン・サックスを担当することとなったのだが、彼女はその僕と同じ木管低音に属する、ファゴットの担当だった。

 

ファゴットは不思議な楽器だ。一般への知名度はないに等しいし(僕も入部して初めてその存在を認識した)、注意して耳を傾けないと楽団の中から彼女の音を探しあてることは困難である。

ただ、ダブルリードという(木と木の隙間に息を吹き込む)特殊な形状から彼女が伝える空気の振動は、柔らかで、独特の美しい響きを持っていた。広い音域を持ち、どんな楽器にも優しく寄り添うその音色は、フルートからチューバまでのあらゆる旋律を、楽団の片隅で支えていた。

彼女の人付き合いとよく似ている。

 

ファゴット経験のある者はそう多くない。案の定、楽器経験のない彼女にファゴットを教えられる先輩は楽団にいなかった。

ただ、同じ木管低音に属するバリトン・サックスとバス・クラリネットの上級生から一人娘のように大事に育てられ、2年目にはコンクールの課題曲でソロを任されるほどになった。

トッポのような見た目をした「ファゴ助」は、組み立て終わると、152センチの彼女と同じくらいの身長になった。その小さな手で複雑な指遣いをマスターするために、いったいどれだけの基礎練習を積んだのかは、当時の僕でも容易に想像ができた。

 

僕ら「木低」は、全体練習の前に必ず集まってチューニングをした。僕も彼女も後輩なんて持つのは初めてだったので、2人で戸惑いながら指揮を取っていた日々を、昨日のことのように思い出す。2014年の課題曲、彼女のソロから僕のソロへと繋ぐ部分の本番での出来栄えは、悪くない完成を迎えたのではないかと今でも思う。

 

3年半ぶりに再会した彼女は、1年間の留学から帰ってきたばかりだった。大学の卒業が1年遅れるため、4月から僕の進学する大学院と同じキャンパスに、彼女も在籍していることがわかった。僕は事態をよく飲み込めないでいる。こんなことが当時予想できただろうか?

すっかり忘れていた彼女の言葉の数々が、大学生活を終えようとしている今の僕には痛いほど刺さる。きっと当時よりいろいろな話ができるはずだし、当時より理解しあえる気がする。

高校1年生の秋に僕が初めてL'Arc-en-Cielのアルバムを買った時、彼女が勧めてくれた曲を聴きながら眠りにつく。

 

浮かぶ雲のように誰も「僕ら」を掴めない。