ムラサキノヤカタ

徹頭徹尾ひとりごと

the end of the world

カラオケルームで性行為に及ぶカップルを3週に1回ほどのペースで目撃していた。僕が20歳の頃のことだ。部屋に監視カメラが設置してあるわけではない、ただ廊下を歩いていると、扉の前を通るだけで部屋の中がある程度見えてしまうのである。

硬くて安っぽいソファーの上で身体を重ねる客たち。

学生店員たちはその様子を面白がって、他の部屋にドリンクを提供する際に、用もないのにその部屋の前を通って、順番に中を覗き見にいった。中の様子を無線で実況し、他のフロアの店員に状況を逐一共有するのも日常茶飯事だった。業務連絡の際には、僕らは彼らのことを"ピンク"とか"ピンク部屋"と呼んだ。週刊誌の記者がゴシップ記事のネタを調達するには、実はカラオケ店でアルバイトするのが一番効率の良い方法なのではないかとさえ思う。

当然ながらカラオケルーム内で行為に及ぶことはご遠慮頂いている。我々は、彼らに行為をやめさせようと、あえて部屋の前でトレイを大袈裟に音を立てて落としてみたり、用もないのにドアをノックをして、さも部屋を間違えた客かのように装って慌てて立ち去ってみたり、部屋にインターホンをかけてすぐに切ったりした。部屋の外からカラオケ機器に繋がる端末を操作し、中のムードを破壊するような曲を流すこともやろうと思えばできたが、どんな曲を選ぶかの大喜利で盛り上がるのみで、実行に移した店員は今のところいないようだ。

 

部屋の中には、抱き合って長時間舌を絡めている者もいるし、女性の上に乗って腰を振っている者もいる。

僕が不思議に思ったのは、彼らはそれなりに身なりの整った、立派な大人であることが多かったという点だ。まともな環境でセックスをしようと願うのなら、彼らには金が十分にあるのだ。

彼らは、他に行くところがなかったのだろうか。

見られている方が興奮するのかもしれない。

コートを扉の前に掛けて室内を隠す者もいる。

その冷静さを持ちながら、こんな狭い部屋で行為に挑むのもなんというか不思議な話である。

制限された環境の方が興奮するのかもしれない。

 

 

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廊下を歩いていると、使い古された2年前のヒット曲のイントロが、いろんな部屋から聴こえてくる。至っていつも通りの夕方だ。

客が帰ると、僕らは速やかに部屋を掃除して、次の客の来店に備えた。何千回とこなした作業だ。

そこにはなんの感情も入り込む余地がないし、特別なことは何一つない。全てが洗練された作業だった。アルコールを用いて迅速にテーブルの上のグラス跡を拭き取り、床に落ちたゴミを拾う。マイクの音の入りを確認する。フロントに清掃完了の無線を飛ばし、部屋を出る。拾ったゴミを廊下で広げた。くしゃくしゃにされた婚姻届だった。

彼らは、他に行くところがなかったのだろうか。

…もしかしたら、これから向かう場所を見つけられたのかもしれない。

 

僕はどこに行くのだろう?