ムラサキノヤカタ

徹頭徹尾ひとりごと

ブルー・スカイ

人の夢の話を聞くのが趣味だった。

M-1グランプリで優勝したい。週刊少年ジャンプで連載を持ちたい。メジャーリーグサイ・ヤング賞を獲りたい。研究医になって、祖母と同じ病気で苦しんでいる人々を救いたい…その手の話に興味がないわけではなかったが、やはり人々の昨日見た夢の話を聞いている時間のほうが、その頃の僕にとっては楽しかったのだ。

重力があるのかないのかわからない部屋で、タンポポの種のようにゆっくりと落ち続ける夢。借金取りのボブ・ディランに夜通し追いかけ回される夢。かくれんぼをしていたら、駐車場の隅で親友のセックスを目撃してしまった夢。湘南の海にコンソメ味のポテト・チップスを流したら、日本列島が沈んだ夢。土星人とのハーフからドイツ語を習う夢。そういう夢の話が好きだった。

 

今朝僕が見たのは、飛行機の夢だ。

全世界同時中継されたウォータースライダーの世界大会で大恥を晒した後、僕は飛行場の倉庫に忍び込んだ。機長に伝えなければならないことがあったのだ。アラン・トレーシーがサンダーバード3号に乗って5号の中で待機するジョン・トレーシーと交代する日のように、僕は連結部から手前の飛行機に滑り込んだ。そこでは僕の大学時代の指導教官が、多数の実務家を招いてシンポジウムを開いていた。

「愛沢くんは、誤想防衛の論点についてどういう見解でいるの?」

「僕は、西田先生と同じ違法責任減少説に立って論文を書いています」

「大家の先生の説をとって安心しようとするそんな態度を見てると、やはり君には公務員の方が向いている気がするよ。僕も違法責任減少だと思うけどね」

 

機長に何を伝えに来たのか、忘れてしまった。

多分大事な話だったのだ。

 

不意に僕は目の前の3つの踏切に意識を向けた。

僕らは街の八百屋から果物を盗んで、それを駅のホームまで運ばなければならなかった。いいペースで店から逃げ出した僕らは、踏切で足止めを食らいたくなかったので、鳴り響く音を無視してひとつずつ踏切を駆け抜けた。

なぜか線路には夥しい数の車が、100キロ近くの速度を出して走っていた。僕らはタイミングをはかって、その車たちの間を走り抜けていった。なぜ轢かれなかったのかわからないほど、たくさんの車が走っていた。

3つ目の踏切の前で行き交う車の間を通り抜けるタイミングをはかっている間、ちらりと僕の脳裏に、ほんのかすかなひとつの疑問が浮かんだ。

「俺は誰と踏切を渡っているんだ?」

最後の踏切を渡り終えると、目の前にゴールテープが引かれていたので、僕は夢中でその前を駆け、テープを切った。はるか遠くから、昔よく聴いていたKEIの曲が聴こえた。

ふと視界に入った仏壇に、さっきまで僕と一緒に踏切を渡っていたやつの写真が立てかけてあった。

あれは、一体誰だったんだろう。